扉の向こう

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「できた…」 私は、たった一人の研究室で歓喜の声をあげた。 これで助かる。 世界は救われる。 事の始まりはある大国の生物兵器研究機関で発生した重大事故だった。 研究は秘密裏に行われていた極めて危険なもので、人間をゾンビ化するウイルスを作ろうとしていた。 ゾンビ化とは、映画でよくある「死体が動く」ものではなく「人間を意のままに動く操り人形」にすることを意味する。 感染した人間は、自我を失いながらも言語を理解し、複雑な作業を行うこともできる。 極めて従順な奴隷となるのだ。 ウイルスの開発は比較的簡単にできた。問題は、感染を防ぐ予防法と感染時用のワクチン開発だ。 これができなければ兵器として使い物にならない。 事故は、その研究途中で発生してしまった。 対策方法も見出だせないまま、ウイルスは世界的に拡がり、世界中の人々がゾンビ化した。 人類は無気力な人形と化し、社会が崩壊した。 しかし、本当の悲劇はそこから始まった。 社会が崩壊すると言うことは食糧の生産や流通も止まることを意味する。 深刻な食糧不足が発生した。 そして、生物の根源欲求である食欲が限界を越えた時、ゾンビウイルスが更なる変異を遂げた。 無気力な人類は唯一の欲求を満たそうとするようになった。即ち、食欲を。 ゾンビ化した人々は、目につくもの全てに襲いかかり、貪った。 それはまさに地獄絵図だ。そんな様を私はカメラ越しに眺めていた。 私は痛切に責任を感じていた。私はゾンビウイルスの主任研究員だったのだ。 事故が起きた時、事態を察知した私は研究員たちとともに隔離棟へと逃げ込み、感染を逃れた。 しかし、ここは研究室。食糧や水の備蓄もたいした量はない。 やるべき事は決まっていた。ワクチンを開発するのだ。そのための機材は揃っている。 研究は進められ、次々と仲間たちが力尽きていく中で、ついにワクチンが完成した。 私は感染予防薬を射ち、ワクチンを手に外に出た。 このワクチンを使えば世界を救うことができる。 そんな高揚感とともに。 長く閉ざされていた扉が開く。 そこには数人の軍服を着た男たちが立っていた。 「ご苦労だったな。命令通りワクチン完成まで不眠不休で死ぬまで働き続けるとは。君が作ったゾンビウイルスは実に素晴らしい」
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