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「……これが、覚えている全てです」
古びた革のベルトでベッドに固定され、目鼻口以外の全身を血の滲む包帯に包まれた俺は、か細い声でそう答えた。
首は、何かの器具で右側に傾けて固定されている。湿気をたっぷりと吸った包帯で、全身に痒みを感じるが、手は思うように動かない。
小さな小窓だろうか、僅かに差し込むオレンジの光を見て、今が夕刻だろうことがわかる。
体中の血液……もはや、僅かばかりだが……が右に左に揺さぶられるのを感じる。艦内病室は、酔いとの戦いとは聞いていたが、これだけ揺らされると、傷口が何度も開き、体を固定するのは逆効果ではないかと疑いたくもなる。
今、目の前には、シミひとつない軍服に身を包み、丸メガネをかけた白髪混じりの坊主頭の男が、さび付いた椅子に腰を下ろし、俺をじっと見ている。
彼の質問はこうだ。
俺はいったい誰なのか、何が起こったか覚えているか、詳細を報告するように。
……こんな状態の俺に、何を期待しているのか。
はじめのうちは、魚雷被弾前の警戒態勢から話し始めたものの、丸メガネの男は、淡々と手帳に俺のセリフを書き記すばかりだった。
だが、『瞬き』の言葉が口から出た途端、身を乗り出し、メガネをかけなおして、顔面近くに迫ってきた。
「瞬き? ……パラワン沖に、あれを見たか?」
極限状態で見た妄想だと思っていたが、あれを見たのかと問われ、つい、見たままの話を男に語った。当然、鼻で笑い軽くあしらうだろうと思ったが、そうではなかった。
「よく思い出してほしい。君は、誰だ?」
「私は、第一遊撃部隊旗艦愛宕乗組員です」
「そうではない、君の名前が知りたい」
「ですから、私の名前は……」
名前が出てこない。
俺は誰だ?
「よく聞いてほしい。旗艦愛宕に乗っていたのは知っている。残念だが、愛宕は先ほど、沈没した。幸い、栗田艦長以下、幹部や大半の乗組員は避難し……」
このメガネの男は何を言っている?
愛宕が沈んだ?
大半が避難?
俺は誰かが救い出してくれたのか?
そうだ、俺は誰だ?その方が重要な問題だ。
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