第一章

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 話がひと段落したところで、河口大尉はおもむろに足元のファイルを取り上げ、数枚ページをめくりだした。  十枚ほどめくった辺りで手を止め、ペンを胸元から取り出し、再びこちらを向いた。  「五十を数えた辺りで記憶の断片が邪魔をしだしたと言ったな?」  前置き抜きの質問だな。  大尉は、瞬きを数えていた時起きたことを聞いているのだろう。  あれは、確かに五十を超えた辺りだった。  はっきりとした回数は覚えていない。  急に、俺にとってはどうでもよいと思えるような記憶の断片が次々頭に思い浮かんできて、瞬きを数える集中力が途切れかけたのを覚えている。  「ええ、確かにそのくらいです。それが何か? そもそも、私のお伽噺を信じられるのですか?」  少し皮肉かかった口調で答えた。  上官に対してはあり得ない言い方だが、目の前に座る男があまりに戦場と無縁な空気を醸し出すが故、反抗心が口をついてしまったのかもしれない。  「ハハハ、お伽噺か。確かに、何も知らない人間が聞いたら、気でも狂ったかと感じるだろうな」  また、呑気に平和気な笑い声だ。  「話を整理すると、君は三発目の魚雷が被弾した近くにいた。爆風に巻き込まれ重傷を負い、あおむけに寝ころんでいた。そして、興奮しながらも、瞬きを数え始めた」  「ええ、その通りです」  大尉は、手元に開いたファイルを覗き込みながら、喋り続けている。  「五十を超えた辺りで、数えるのが難しく感じ始めたのだな? 」  「はい」  ファイルのページを数枚めくり、何か、考え事をしている。  一体何が書いてあるのだろうか。  俺は体を固定されてしまい、ファイルを覗き込むことが出来ないが、一枚紙をめくったとき、チラリと「一式戦闘機」の文字が見えた。  一式戦闘機とは、確か陸軍の主力戦闘機のはずだ。通称、ハヤブサと呼ばれ、それまでの九七式戦闘機に代わって、陸軍航空隊最新鋭機として高く評価されている。  最高高度や速度は、それほどでもないが、噂では旋回能力がずば抜けていると聞いたことがある。  まあ、我々海軍の零式戦闘機の方が優れていることは間違いないが、飛行機の整備科としては気になる機体だ。  「ハヤブサですか」
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