第一章

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 俺が資料を覗き込んでいることに気づいたのか、怪訝な表情と共にとっさにファイルを閉じ、メガネをかけなおしてこちらを向いた。  「君は、ハヤブサは操縦できるか?」  「何をおっしゃいます? 私は海軍軍人です。ハヤブサは陸軍機でしょう。乗るとしても、零式水上偵察機ですね。まあ、整備は出来ますが、操縦は出来ませんので、どちらも乗ることはありませんが……」  「そうか。そうだよな。まあ、私の資料はいい。とにかく、君の体験を詳しく知りたいのだ。話を戻そう。君は、瞬きを数え続けて五十を超え、百回目の回数に到達した。その時何が起こった?」  百回目を超えた辺りは、正直のところ、動悸が激しく、詳しくは覚えていない。ただ、自分でも制御できないくらい瞬きをする速度が速くなった為、それまでは頭の中で数字を数えていたが、百を超えた辺りからは、そろばんのイメージを脳内に思い浮かべて、弾く感覚で数を積み重ねていた。  「凄まじい速さの瞬きか。そんな変化が起こるのだな……」  「河口大尉、一体何の話をしているのでありましょうか? 私は、私自身の体験は夢か何か、まだ釈然とせぬままです。そもそも、大尉は、何故私の荒唐無稽なお話をそこまで真剣にお聞きになるのですか? あれは、夢ではないのですか?」  大尉は、こぶしを顎に当て、何やら考え込んでいる。  一方的に質問しておきながら、こちらの大事な問いには答えようとしない。  「わかった…… 記憶の断片が入り込み、次いで、激しい動悸か」  やはり。こちらの質問は聞いていなかったようだ。  それなら、最初に大尉から聞かれた質問を投げかけて反応を見てみよう。  「大尉、私は自分の名前が思い出せません。私はいったい誰ですか? 」  顎に当てた握りこぶしをほどき、膝をパンっと叩いて、身を乗り出してきた。  「そう! まさにそこだ。君は、君自身を覚えていないようだ。だが、我々は君を知っている。本国からの報告では、君が我々の部隊と会ったのは今朝方、つい通時間前の本国だ。でも、君はレイテに向かう愛宕にいた。何故だ。こんな話、全くもって意味不明。いや、怪談を通り越して、愉快な話じゃないか」  また、にこやかな笑顔を見せている  この男は、この調子でずっと生きてこられたのだろうか。  誰もこの男を殴ったりしなかったのか。
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