第一章

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 一九四四年十月、米軍のレイテ島上陸作戦に対抗し、大本営より、捷(しょう)一号作戦が発令された。  我々第一遊撃部隊、通称、栗田艦隊は、主力としてレイテ沖を目指し、リンガ泊地を出港。  俺はというと、栗田艦隊旗艦愛宕(あたご)に、『ゼロカン』と呼ばれる零式水上観測機の整備科員として乗組んでいた。  愛宕は、日本海軍重巡洋艦であり、全長二百メートルを超え、乗組員は八百名以上が艦上で苦楽を共にしていた。  知ってのとおり、我々愛宕は、米軍との開戦直後から、英軍、オーストラリア軍とも交戦し、ミッドウェー、ガタルカナル、ソロモンを戦い抜いてきた。  何度も修繕を繰り返したことで、甲板には少し焦げ跡やつぎはぎ色も見られるが、それでも毎日、綺麗に磨き上げられ、毎夜、月光を跳ね返し、闇夜を照らすほどだった。  乗組員は皆、愛宕こそ日本海軍の精神を象徴する旗艦だと、自負していた。  士気、錬度は極めて高く、愛宕が夕闇で鳴らす警笛は、「指揮官陣頭」を是とする日本海軍にあって、その尖鋭なる魂を体現する咆哮であると感じていた。    「侵略すること火の如し」を貫く赤備えの進軍である。と口々に叫んでいたものだ。  十月二十三日、あれは朝日が昇る前、ちょうどパラワン島を過ぎた辺りだった。  天国の島と形容されるパラワン島は、星空の下にその姿を現し、眼下には、水があるのかも不確かと思えるほど透き通った海水が広がっていた。  祖国を遠く離れていることを実感する瞬間は多々あるが、あの時も、まさにそんな気分だったのを覚えている。  夢のような空間ではあったが、警戒は厳だった。  何故なら、レイテに向かう途上の、この天国の島パラワン近辺に、『米潜水艦あり』の情報が入っていたからだ。
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