第一章

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 通常、潜水艦の存在を察知すると、艦を停止し位置を探るためゼロカンを飛ばすか、方向転換を繰り返し、遭遇を避けるのが常套手段である。だがしかし、我々は、レイテ沖侵攻を急ぐべく、そのままの速度で直進した。  「旗艦愛宕を先陣に、一気に突っ切る」  そう乗組員へ告げられた時、皆腕まくりをし、腹の底から力が漲るのを感じた。  第二旗艦の武蔵、そして、大日本帝国最大の、いや、世界最大の戦艦大和を従えて、愛宕は新緑に透き通る海を突き進んでいた。  あれが起きたのは、たぶん、朝の六時を過ぎたころだったはずだ。  朝の飯炊き湯気が匂い始めたころだった。  何の前触れもなく、静かの海に、轟音がこだました。  全長二百メートルの鋼鉄の艦は、一本の魚雷被弾で、突如、巨大な鐘に早変わりし、振動と共にあたり一面、波紋を撒き散らした。  魚雷は一発で終わることはまずあり得ない。敵潜もバカではない限り、艦首魚雷管から数本は発射し、反転、次の敵を狙い撃ちするのが常だ。  我々は、轟音で一気に目覚め、次なる魚雷を探し始め、同時に、艦自体もジグザグに動き始める。  一発目、二発目共に、俺から随分と離れた場所に被弾した為、被害の大きさはよくわからなかったが、迫りくる三発目の魚雷が目に入った時、急に腰から砕け落ちてしまった。  その魚雷は、まっすぐな泡線を海面に作りながら、俺の立つ零式水上観測機固定場へ向かってきた。  俺はというと、ロープを片手に、急いでゼロカンまで走ってきたところだったが、魚雷が目に入ったほんの数秒後、左右の鼓膜を直接金槌で叩き付けられたような感覚に襲われ、熱気を帯びた凄烈な空気圧で、体全体が吹き飛ばされた。  水しぶきも、熱湯のように熱かった気がする。  それからどれ程時間がたったかは定かではない。  ふと我に返ると、俺は砕け散ったゼロカンの残骸にまみれ、半壊した甲板にあおむけに寝ころんでいた。目の前に見えていた月が次第に右へ移動していく。  いや、俺の体自身が傾いているのだと気づいたとき、愛宕は沈むのだと確信した。
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