第一章

4/13
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/97ページ
 病的興奮とでも言うべき怒号と、恐れが拳を握り喉元から飛び出してきたような悲鳴が入り乱れる中、何人もの乗組員が俺のだらしなく伸び切った身体を飛び越えて走り去っていく。  激甚たる空襲を受けながら、それでも敵機を迎撃しつつ、機銃や魚雷を掻い潜り奮戦。全ての弾丸、燃料を使い切った後、名誉ある自沈を選択。もしも沈むことがあるのなら、そんな最後こそ、愛宕にふさわしいと考えていたが、現実は違った。  ガラスのように透き通る静かな海と、星々が散りばめられた朝焼けの空で、何の前触れもないほんの数本の魚雷が引き金となり、愛宕は沈みかけている。  我々もここで終わるのか。  諦めの境地に達した時、熱気を帯びた分厚い水しぶきが瞼を叩いた。  何故か、数秒瞬きをしなかったが、海水が眼球に広がるのを感じ、思い出したように強く瞬きをした。  鉄くずが混ざっているのか、眼球をゴロゴロと動くゴミのようなものを感じ、二度、三度と瞬きをした。  気づけば、俺は瞬きを数え始めていた。  五十回を超えたころ、愛宕の腹底から数発の爆音が鳴り響き、背中伝いに激しい振動が襲ってきた。  ふと、祖国にいる母親の顔が浮かんだり、戦死した弟の笑い声を思い出したりしたが、瞬きを数えることは止めなかった。  百回目を超えた頃、足先の遠く向こうで、爆音と共に水しぶきが上がるのを見た。  そう、あれは四発目の魚雷だったと思う。  とどめの一発が被弾したのだと実感した時、激しい動悸と共に、これまでとは違う速さで、連続の瞬きが始まった。  それでも必死に瞬きを数え続けた。  多分、正直な気持ちを言えば、怖かったのだと思う。  五感で感じる、終わりゆく世界の現実から逃避したかったのだ。  あの感覚、そう、世界が自分から離れてく感覚を受け入れることが出来ず、自分はまだこの世と接していると感じられる唯一残された手段が、閉じた瞼を再び開くことだった。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!