#01.青き奏唱哲学

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 果汁百パーセントジュースのパッケージに使われていそうなオレンジの断面には乳児の身体がくっついている。赤ん坊の頭がオレンジにすげ替えられているのだ。  いっしょに描かれている水滴は水色からオレンジ色のグラデーションで、泣いている乳児の涙と、オレンジの果汁をあらわしている。  シャツから女の頭に視線を移す。頭の上で揺れているのは適当に縛った前髪で、額にはフラットがふたつついたト音記号が書かれていた。  女はかついでいたギターをつかみ直して、体の前に構える。親指で、具合をたしかめるように一音ずつ爪弾く。ようやく先生がたが制止の声をあげてステージに向かう。それを意に介さず女はひとりうなずく。大げさに振りかぶって。  ギターはその存在を叫んだ。  リズムを刻みながら女自身も叫びだす。  歌声は掘削機のように力づよく、会場全体にその刃を立てようと試みる。  ――そのあとのおよそ四分間、女は逃げまわり跳ねまわりながらも演奏と歌唱をやめることはなかった。会場からはブーイングの嵐で、ホノアカクサクのボーカルはぼうっと女の動きを目で追うことしかできていなかった。  女は汗にまみれながら外へと消えて、ようやくホノアカクサクが演奏を開始する。  おれはもう当初の目的だったその演奏に興味をなくしていた。  こんな騒ぎを起こして、このあとの学校生活は大変なものになるのだろう。ばかなやつだ、と乱入した女を鼻で笑ういっぽうで、おれはたしかに、その姿に惹かれはじめていたのだ。
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