#00.born to sing

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 少女が英語をかじって、『born to sing』の歌詞の意味を知ったのは三年後。中学に入ってからのことで、ジャックはすでにこの世にはいませんでした。  それでも、このときこの少女との別れ際は自分の身の内側にある空洞が満たされていくようでした。それは自らの才能のひとしずくがこうして異国の少女にまで行き渡っていることを知り得て湧きあがった充足感だったのでしょう。  旅を終えたジャックは自分が在籍していたバンド、ルーチンズのボーカルであるユリシーズ・アップルヤードと再会しました。  ユリシーズにはなによりも鮮烈なカリスマ性がありました。完全実力主義のユリシーズのもとに、優秀な人材が集まったのです。それをいいことにユリシーズはときおり、バンドのメンバーの入れ替えを行いました。結成時からのメンバーであったジャックも第二期から第三期へと移る際にユリシーズと衝突して辞めることになったのです。  ユリシーズは非情なまでに優秀さを求めました。自らの描くロックンロールを実現するためにはいかなる犠牲もいとわない男です。ジャックはバンドを辞めてから、ユリシーズの気持ちがわかるようになりました。
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