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「失礼、しまーす…」
保健室のドアの前で一呼吸置いて、恐る恐るドアを開けた。
ドアを開けた途端、鼻をすする音が聞こえてきた。
ドキドキと高鳴る胸を押さえて、保健室の中へと視線を這わせる。
どんな言葉をかけてあげればいいのか、どんなに考えても答えは出なかった。
「葵…?」
保健室の中央に置かれた長机とパイプ椅子には誰も座っていなかった。
ついたてで仕切られたその先に人影が見える。
その影は絶対の確率で葵だ。
ゆっくりとついたての向こう側を覗きこむ。
「葵…」
「ゆ、友グン…!」
そこには泣き腫らした目の葵がいた。
葵の向かい側に保健室の先生が座り、困った表情を浮かべている。
「槇小路さん…」
その声はオレへのSOSを意味していた。
何を言っても葵が泣きやまない。
瞳がそう訴えている。
回転椅子を鳴らして保健室の先生が腰を上げた。
「よし!二人きりにしてあげるから、ちゃんと話をしなさい。おばちゃん先生には大したことのないような話に聞こえちゃうからね。若者同士しっかり話しなさい。先生は校庭に戻るから。事務長に一言伝えて外に出てね」
意外と淡白な保健室の先生はそう言うと、スタスタと保健室を出て行った。
まぁ、確かに。
体育祭中にここで葵を面倒見てくれただけでも凄いことか。
「はい」と返事をして、先生を見送った。
先生がドアの向こうに消えるのを待って、くるりと振り返る。
項垂れている葵に声をかけた。
「大丈夫か…?」
「大丈夫、なはずがない…っ」
タオルハンカチに顔を埋めて葵が言う。
グズグズと鼻を鳴らし、ショックの色を隠しきれずにいた。
「事故、だったのか…?オレ、事情をあまり知らなくて…。何があった?」
先生が座っていた椅子に腰かけて葵と向き合う。
涙で頬を濡らす葵がどうにか呼吸を整えて、口を開いた。
「は…走り終わった後、友クンとレオくんを見ることに一生懸命になっちゃって、アイツと足が繋がれたまま…っ」
まさかの事態だった。
オレの予想通り、足が繋がったまま、だったらしい。
それでそのまま転んでもつれ合って、その……キス?
眉尻を下げて葵を見つめる。
葵は言葉を続けた。
「一緒に転んじゃって…その…………………、鼻と、鼻が…っ」
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