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葵はそれから、言葉を発することが出来なくなった。
本人が知らないわけにはいかないとオレは覚悟を決めて葵に言った。
葵はオレが首から提げていたタオルを頭の上からかぶり、ぶつぶつと何かを唱えていた。
触らぬ神に祟りなし。
今回ばかりは救う手段なし。
会長が噂話に疎いことだけを願う。
もちろんだけどテントに戻れるはずもなく、人のはけた体育教官室の前から校庭を見下ろしていた。
体育館は2階にあった。
だから当然体育教官室も2階にあった。
大きく開かれたベランダのような部分から、校庭を見つめた。
さっきまで葵と西のことを噂していた奴らも、二人を見つけることが出来なかったので、また体育祭に戻っていた。
それが、唯一の救い。
明日は振替休日なので、そこまでは、いい。
その後はどうなるんだろう。
考えただけで重いため息が出た。
太陽はさっきよりも傾き、それと共に暑さも和らぎ始めていた。
練習に費やす時間はとても長かったのに、終わってみればあっという間だ。
また1つ季節が巡る瞬間を嫌でも感じる。
わーわーと歓喜の声がどこか遠くに聞こえて、葵と二人手すりにもたれ掛かってそれを見つめていた。
応援団の太鼓の音。
みんなの応援の声。
溢れる青春が目の前に広げられていた。
葵の横顔はいつになくまっすぐで無表情だった。
その瞳の先に何が映るのか。
何を捉えているのか。
ただ見つめているだけでは分からなかった。
ブーブーブー…。
すると、ポケットの中に入れていた携帯が震えた。
そっと取り出すと、葵が言った。
「レオくん…?」
「あ、ああ…。レオだ…」
レオの隣には西がいるだろう。
今この場所で電話に出ていいものか考えた。
「出ないの?」
「あ、うん!出る…っ」
葵の色味のない瞳に心臓はうるさかったが、それを呑みこむような形で電話に出た。
「も、もしもし…っ」
無意識のうちに声が小さくなる。
『深崎、見つかった?』
受話器を手のひらで隠して、小声で返事した。
「見つかった、よ。今隣にいる。事情も聞いた」
『そう。ならよかった。今――…』
レオが話している途中で、後ろから腕を掴まれた。
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