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「友クン、待って!!」
校舎に入ったところで、ようやくオレは歩くスピードを緩めた。
冷えた校舎内の空気を感じながら、葵へと振り返る。
「どこに行くつもり?アイツのところって言われたって…、どこにいるかなんて分からないのに…!」
「いや…!オレは、ただ…。みんながニヤニヤして葵のこと見てるのが許せなくて…」
視線は足元に落ちていた。
冷たい空間に、ぽつりと自分の声が響く。
それを聞いた葵が、ふっと笑った。
「…だったね。あたし、アイツとキスしたことになってたんだっけ」
さっきまであんなに取り乱していた葵が、落ち着いた口調で言った。
そんな葵に違和感を覚えながら、オレは落としていた視線を上げた。
葵の表情は、驚くほど穏やかだった。
「もしかしたら保健室にいるかもね?行ってみよっか」
「え…」
なんと。
今度は葵がそう言いだした。
二人で靴を脱いで、事務室の前を通る。
事務の先生はちらりとこちらを見たが、体育祭が終わって校舎が解放された今、何も言うことはなかった。
二人で冷たい廊下をひたひたと歩く。
葵は機嫌がいいのか、足取りは軽い。
オレの方がドキドキして、葵の隣を歩いていた。
「失礼、しまーす…」
「痛…!!」
ドアを開けた瞬間に、西の声が聞こえた。
「ったァ…」
「痛いに決まってるでしょ!切れてるんだから!も~~!綺麗な顔に傷を付けて!お母さん、泣いちゃうわよ!」
保健室のおばちゃんが西を叱っていた。
西は顔を歪めたまま、おばちゃんの前に座っていた。
「………あ。」
そして開いたドアに気がついて、西がこちらに視線を向けると、小さく口を開けた。
それと向き合った瞬間、葵が少しだけもじもじする。
(…………え?)
この、何とも言えない甘酸っぱい空気にオレ自身が馴染めない。
葵を視界に捉えると、西も少しだけ顔を歪めてそっぽを向いた。
(なんだ…、この。体のふちがこそばゆいような、何とも言えない気持ち…!)
オレは小さく、両腕をさすった。
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