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「神楽さーん、ちょっと来てくれなーい?」
私が仕事をしていると、この仕事場の先輩に呼ばれた。
「はい、何ですか?」
「ちょっと、次の行にいきたいんだけど、どうすればいいのかしら?」
「それは、こうして…」
「やっとわかったわ、ありがとう神楽さん。やっぱり若者は仕事が早いわねぇー!」
「ありがとうございます。また何かあったら言って下さいね?」
「そうね!こんなおばさんにも優しく教えてくれるんだもの!また教えてもらうわね!」
ここの先輩であり、同じ事務の仕事を担当している岬 塔子さんといつものように私、神楽 玲子は笑っていた。
私は、東京の街はずれの田舎にある小さな町工場の事務員として働いている。
ここは、東京の都市部の華やかな場所とは違い、見渡す限り殆どを緑が囲んでいるような田舎である。
そこの土地にある町一番の町工場が私の勤める、有馬製鉄所なのだ。
ここには、事務員や工場で働いている人などを含めても30人程度しかいないので、町を出ればとても小さな工場にしか見られないだろう。
何故そんな田舎にいるのか。
別に年老いている訳でもない。
両親の出身地とかでもない。
そして、ここの生まれですらない。
何も接点がない…だからこそ、この町にやって来た。
この蒸し暑い夏の時期にわざわざ来た。
最初は、仕事に失敗して飛ばされたなんて嘘までついて。
嘘であるけれど、それを信じてここの社長の有馬 健二さんは快く迎え入れてくれた。
いや、有馬社長だけではない、社長の奥さんの陽子さんも事務の大先輩の塔子さんも同じ事務仲間の三宅拓司さんも塔子さんよりもひと回り若い中谷優さんも、工場で働く人達も全員が。
若いからだけでなく、今の私の人格で判断をして。
だから、たとえ、私が嘘で固められた人物に過ぎなくても、ここで役に立とうと思った。
私の過去を知っても、同情や憐れみをかけず、過去に囚われた私でもいいと言ってくれたから。
もう一度築いたものが壊れてしまうまであと少しの時間しか残されていないと気づくまであと一週間。
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