一 木次の村上

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一 木次の村上

 その年(布都斯(ふつし)下春(したはる)、十九歳)の晩秋。  日照りで収穫の少ない年だったが、出雲の郷々は例年のように先祖に新穀にを供え、収穫を感謝する祭礼を行った。  祭礼がすんでまもなく、布都斯と(いね)、下春と芙美(ふみ)の二組の夫婦は木次村(きすきむら)村上(むらが)の館へ移り住んだ。運びいれた荷で館は足の踏み場がない有様になった。 「すまぬな。こんなことになって・・・」  広間の東の土間から布都斯の声が聞こえる。  布都斯は土間の板壁や茅束(かやたば)ぞいにうず高く薪を積んでいる。 「予矛珠(よむじゅ)の穀物を、皆に分け与えことですか」  東対屋(ひがしたいのや)で稲が(きぬ)をたたむ手をとめた。  この館は南面の広間の北に下屋(しものや)があり、広間と下屋にかかるようにして左右に東対屋と西対屋(にしたいのや)がある。そして、母屋から棟を隔てた屋敷の東に、かつて予矛珠の手下が寝起きした随身所(ずいしんどころ)とおぼしき下屋があり、門の近くに馬屋がある。  館は広間の東側と東対屋の角にある入口を入ると、広間の東側中ほどから土間があり、土間は広間と東対屋のあいだを通って、館の北側の下屋と広間のあいだを巡り、西対屋と広間のあいだを抜けて広間の西側の中ほどまでつづく。  広間の西側、西対屋の角にも薪を運び入れる出入口があり、こちらの土間で下春が薪を積み、西対屋で芙美が忙しく物をかたづけている。  広間と東対屋と西対屋をあわせ三つの炉がある。下屋には三つのかまどがある。暖をとって煮炊きするのに、薪はいくらでも必要である。
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