二 出雲の頭領

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「産物がないなら、あまった穀物や作物を濡らさぬように、また、鼠に食われぬようにして蓄えよ。そして、出雲や石見(いわみ)の海辺の衆に、他の作物や産物と交換できぬか、と話せ。かびの生えた穀物は交換できぬぞ。腐りやすい物は乾く所に干して蓄えよ」  そう布都斯(ふつし)が言った。  村長(むらおさ)のひとりがこまったように答える。 「食い物があまることはねえです」 「米を作らぬのか。種籾(たねもみ)はあるか」 「ありますが、米を作れる田畑が少ねえです」  (おさ)たちは山あいの、日当たりの悪い田畑を考えている。 「日が当たらず、水が温まらぬのだな。ならば・・・」  話しながら布都斯が裸足で広場へ降りた。人差し指で地面に山の絵を描き、 「・・・南側の、水が豊かな田を、このようにするのだ。いちばん上の田で水を温め、順に下へ流す・・・」  斜面に棚田(たなだ)を描いた。  一瞬に、長たちの顔が明るくなった。 「田を造りなおすなら、農具が必要でしょう。鉄穴衆(かんなしゅう)から(くわ)(すき)を分けてもらいなさい」  下春(したはる)は広場に降りてそう言った。  須佐郷(すさのさと)は貧しく、見返りを払う余裕がない  一瞬に、村長たちの顔色が曇った。 「豊作の時に見返りを払えばよいのだ。そのように鉄穴衆の村上(むらが)に決めてもらうゆえ、皆はなにも心配するな」  布都斯が和仁(わに)を示した。  長たちは、ほっ、とため息をついた。 「ありがとうございまする」  額を地面にこすりつけてひれ伏した。 「待て、待て。農具を商うのは鉄穴衆だ。礼はこの鉄穴衆の村上に言えばよい」  布都斯が和仁を示した。  長たちは顔を上げた。こんどは和仁に深々とひれ伏している。 「助けてほしいことがあったら、また、いつでも来なさい」  そう言う下春と控えている和仁に、 「ははあっ。わしらは皆様に従いまするっ」  ふたたび、ひれ伏し、顔を上げると 「布都斯の頭領(とうりょう)様。これからも力をお貸しくださりませっ」  また地面にひれ伏した。 「俺は頭領ではない」  布都斯は照れ臭そうに困り顔だ。 「いえ、いえ、わしらの頭領ですっ」と村長たち。  布都斯と村長たちとのやりとりに、和仁は笑いをこらえた。 「それでは、村上。須佐郷の衆に鋤と鍬を商ってくれ。ただし、見返りは豊作の時にしてほしい」  布都斯が和仁と下春に目配せした。 「わかりました。特別に、そのように取りはからいまする」  和仁の言葉を聞いて、村長たちはふたたび地面にひれ伏した。
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