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日増しに暖かくなった。
野良仕事がはじまり、二人を訪ねてくる人々が減った。
田畑を耕し、種蒔きや田植えをするのは、蹈鞴衆も郷の人々と変わらない。
穏やかに晴れ渡ったその日。
木次館ちかくの畑を耕していた下春は、妻の熱い視線を感じて鋤を止めた。一町ほど離れた館の前で、稲と芙美が手を振っている。
「布都斯っ。昼餉にしましょう」
下春は妻たちにむかって手を振り、布都斯を呼んだ。
昼餉、と言っても、かんたんな食事をする昼の休息である。だが、布都斯は畑にしゃがみこんだまま返事をしない。
「布都斯。一休みしましょぅ。何をしてるんですか」
鋤をその場に突き立て近づくと、布都斯の前に土の小山がいくつも見えた。
「出雲の縮図だ。政庁の位置を確認してる・・・。
旅伏山からは止屋淵と上流の簸乃川の流域と爾多、木次、宍道湖と松江、中海と安来が見える・・・」
布都斯が旅伏山を示す北西の土の小山を指さし、
「・・・須我からは爾多の東部と宍道湖、松江、安来、中海と中海へ入る水道、夜見ヶ浜、美保の崎と外海、大山が見えるが、木次と簸乃川の流域が見えぬ・・・」
東の土の小山・須我を指さした。
そして、
「・・・須我からは仁多と大東と西利太が見えぬが、これは旅伏山とて同じ・・・。これらは須佐あたりからなんとかできる・・・。
稲佐浜の簸乃川の河口は、大雨や日照りになれば、深さが変わる。舟が出入りするには問題ないが、行く末、軍船が出入りするのは、やはり、松江か安来だな・・・」
東の小山の北にある、低い平らな土・松江を指さした。
須我は西利太の北東一里にある山郷である。西利太から松江郷へ至る街道の峠を越えた三室山の東山麓にあり、ここから宍道湖、松江郷、中海、安来郷を一望できる。松江郷や安来郷へ行くにも、峠を越えて西利太や木次郷へ行くにも、都合の良い所である。
一方、須佐郷は木次郷から西へ五里あまりの山あいにあり、石見へ抜ける要所である。そして、中海の松江の岸辺には、先祖たちが漢から奪って出雲に渡来した五十人乗りの漢の軍船が、修復されて当時のまま舫ってある。
「やはり、政庁は須我、支庁は須佐ですか・・・」と下春。
布都斯が立ちあがって手の土をはらった。
「いかにも。須我の政庁に市を開く広場を造って、商いを広める。
騎馬隊と軍船についても考えた。説明しよう。騎馬隊に商いをさせながら、各地の海辺を監視防備させるのだ・・・」
すでに、蹈鞴衆と鉄穴衆で騎馬隊が組織されている。二人は策を話ながら館へ歩いた。
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