二 出雲の頭領

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 種蒔きが終わった。  騎馬隊の本格的な訓練がはじまり、須我政庁(すがせいちょう)須佐支庁(すさせいちょう)の建設がはじまると、鉄穴衆(かんなしゅう)の館に、石見豪族(いわみごうぞく)・大森が数騎をひきいて布都斯(ふつし)たちを訪ねてきた。 「布都斯殿。下春(したはる)殿。和仁(わに)殿。我らは皆様に従いまする。この銀を、お納めくだされ・・・」  手下を従え広場に座った大森は、広間の南廂(みなみひさし)に座る布都斯たちに深々とお辞儀し、手下(てか)に、銀塊が入った拳二つ分ほどの袋を三つ差し出させた。  麻の貫頭衣の上に皮衣の袖なしを着た大森は、和仁より歳上に見えた。伸びた髪を後ろで束ねた髭面の中に、濃い眉とぎょろっとした目、横へ広がった大きな鼻があり、薄笑いを浮かべた風貌は、一見、蝦夷(えみし)の山賊を思わせた。  手下が銀塊の袋を簀子(すのこ)に置いて広場にもどると、大森は、 「そして、我らの頭領(とうりょう)として遠呂智(おろち)に代わる商いを、一日も早く石見の西端まで広めくだされ」  ふたたび深々とお辞儀した。  大森を見る下春は、 『この男、ただ、忠誠を示しに来たのではない。背後で誰かが動いているはずだ・・・』  と思った。案の定、布都斯から気配が消えた。  しばらくして布都斯は 「出雲、石見、隠岐、伯岐(ほうき)を治めるため、騎馬兵百六十騎を整えた。各地を監視防備し、農具を商う。心配にはおよばぬ」  と言った。 『やはり、大森は我らを探りにきた・・・。  いずれ、全てが諸国へ知れる。ありのまま話せば、大森を背後で操る者も妙な動きをしなくなる・・・。  布都斯もそう読んだか・・・』  そう下春は思った。 「頼もしいかぎりにございまする。これで、安心して石見へ帰れまする」  心にもないことを言って大森は帰った。 「我らを警戒する豪族が、大森を使って我らを探っている・・・。  商いにかこつけて、騎馬隊に大森の背後を探らせよう。田植え前の今なら、鉄穴衆(かんなしゅう)の商いと思って、誰も騎馬隊を疑わぬ。  銑物(ずくもの)と農具だけを商わせよ」  布都斯は和仁と下春に指示した。鉄穴衆は毎年、春と秋に農具を商っている。 「承知しました。東西に十名ずつを商いに出しましょう。  下春殿。蹈鞴衆の手配を頼みまする」 「承知しました」  和仁と下春は同意した。
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