一 木次の村上

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 節分から二月ほどが過ぎた。  朝餉(あさげ)の刻。  炉の近くに座って芋粥をよそっていた(いね)が、器を置いて下屋(しものや)へ走った。近頃、煮炊きする匂いをかいだけで吐き気をもよおす。 「夜はまだ冷える。風邪かも知れぬ。稲、様子を診よう・・・」  稲の身を案じつつ、布都斯(ふつし)は流しにうつむく稲の背に手を当てた。  稲の体調に異常はなさそうであるが、稲の他にも気配を感じる。  布都斯は、 『もしかして・・・』  と思った。 「子ができたのではないか」  布都斯の思いを語るように芙美(ふみ)が言った。布都斯のあとを追って、芙美と下春(したはる)も下屋に来ていた。 『言われてみれば、月のものも遅れている』  と稲は思った。 「実家の母に聞いてみます」 「子ができたなら、最初が大事だ。俺が母上に聞いてくる・・・。いや、女御衆(おなごし)でなければわからぬことゆえ、姉上に行ってもらおう・・・。いや、姉上は稲を診ていてくれ。やはり、俺が・・・」 「あなた、おちついてください」  あわてている布都斯を、稲が笑顔で見あげている。 「うっ・・・、稲を見ていたら・・・」  芙美が口を押さえて流しへうずくまった。 「芙美、戯れはならぬぞっ」  下春は芙美をたしなめたが、 「もしかして、お前も・・・」  思いあたることがあった。 「その、もしか、かも知れぬ・・・」  稲と芙美の背に手を当てたまま、布都斯は言った。  なんとも言い表しようのない気持ちが、布都斯と下春に湧いてきた。父親になるとは妙な気分である。
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