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「ホテルのフロントで、ぶつかってきた人がいたでしょう? あれ、僕です」
「え……? あの、ハンチング帽子の、おじいさんですか?」
「はい、正解」
――ぜったい、うそだぁ。
だって、どう見ても、あの時ぶつかったのは、お年寄りだったもの。
いくら短い時間だって、風間さんなら、気付いたはず。
テレビドラマじゃあるまいし、そうそう完璧な変装なんて、できるわけがない。
疑惑の眼で見つめていたら、
風間さんは、ごほん、と一つ咳払いをして、
どこからともなく取り出した茶色のハンチング帽を目深にかぶると、少し背を丸めた。
『――年を取ると、もうろくしていかんですなぁ』
――えっ!?
しわがれた声は、まさにあの時聴いたおじいさんの声、そのもの。
風間さんの地声とは、似ても似つかない。
それに、少し背を丸めた立ち姿は、お年寄りにしか見えない。
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