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思っていた以上に僕は平静だった。
そこまで悲しくもなく、そこまで落ち込むこともなく、電話を切って日常を過ごす。
次の日も普段と何も変わらない一日で、いつものように学校に行って、帰りにあの〈図書館〉に行って、暗くなったら出て、階段の前で佇む。
木々のざわめきを聴きながら、星空よりもはるかに明るく、はるかに冷たい光を眺める。
月が僕にあやしく笑いかけていた。
僕は目をつぶった。
木々はさらに大きくざわめき、僕の肌をなぶる風はさらに冷たくなって、僕の背を押した。
シャララン ……
その音に僕は目を開けた。
その時初めて、僕は自分の体が傾いているのに気がついた。
スローモーションのように目の前に階段が迫ってくる。
体勢を立て直そうとも思ったが、もうどうしようもない。
頭を両腕で覆って身構えた。
シャララン……
また鈴の音が聞こえて、 ぐっと僕は何か固いものに引っかかった。
両腕をずらし目をあけると、僕の下に鹿がいる。
僕は鹿の角に引っ掛かっている。
「え?何これ?」
鹿が僕を角に引っ掛けたまま山の中を走り始めた。
「ちょ、ちょっとま……」
足音が聞こえなくなった。
でも鹿は走り続けている。
鹿は空中を走っている!
「ねぇ……ちょっとさぁ……これ何なの?!」
僕の叫びは夕闇に溶けていった。
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