カギ

31/57
前へ
/179ページ
次へ
それでも何も言わない、というか、言えない私に痺れを切らした藤崎くんが口を開く。 「じゃあ、俺が言う質問に『はい』で答えて」 これ、昨晩も桜木理事長にされた。 選択問題で『いいえ』がちゃんとあったけど… こんなとこまで親子。 遺伝子の為せる技って恐ろしい… 「今日は晴れてんの?」 私の返事を聞く前に始まってしまう。 どこまでも、マイウェイだ。 だいたい何で、『はい』だけなの!? 「晴れてる?」 当然、これは答えるものなのだろう。 質問を繰り返される。 「………はい」 藤崎くんの表情の変化を見逃さないようにじっと窺いながら、恐る恐る声を発すると、 「今日って4月1日?」 すんなり次の質問に進んだ。 あっ、やっぱり声も似てるのかも。 だから昨日、勘違いしたんだ! いやいや! でも、ホントに私のことだけ忘れてるとか? 私限定記憶喪失!? まさか…まさかね~ 「答えは?」 「は?」 「4月1日?」 「あっ、はい!」 考える隙を与えてもらえない。 一点集中型の私には『はい』と答えるだけでも、よそ事ができない。 「暖かくなってきたな?」 「はい」 「コート、そろそろクリーニング出さなあかんな?」 「はい」 「洗濯機で洗えたらええのにな~?」 「はい」 なんで、洗濯の話!? 「もうすぐ桜が咲くな」 「はい」 「やっぱり桜はええな~」 「はい」 「心、洗われるな~」 「はい」 “洗濯”に掛けた?? 「花見とか行きたいな~」 「…はい」 「ドライブ、行きたいな~」 「……はい」 「その前に免許かっ!」 「はい」 「もうすぐ俺、18になるしな」 「はい」 「免許取れるな!」 「はい」 「酒は20から?」 「はい」 「俺ら、やり直されへん?」 「は……」 「元に、戻れる?」 「………」 「『はい』は?」
/179ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1050人が本棚に入れています
本棚に追加