カギ

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意外と王子様も面白いことが言えるんだな、とクスクス笑ってしまう。 「香りでわかったんですよ」 気が緩んだところに、また王子様は突拍子もないことを言い出した。 「香り?」 何のことかもわからずに、笑ったまま、王子様の言葉を繰り返す。 「さっき転けそうになって受け止めた時に掠めた香りが、藤崎さんからも以前していたので…」 「………」 「確信、しました」 何も、言えなかった。 顔は笑ってるのに、泣きそうになった。閉じ込めた感情に飲み込まれそうになって、一つ、大きく息を吐いて逃がす。 茶化しているわけでも、探りを入れられているわけでもない。 真っ直ぐに私を見つめてくる王子様の目が、物語っている。 何とも言えない、嬉しい気持ちと悲しい気持ちが共存していて、自分でもどういった表情をしているのかわからない。 でも目の前の王子様の顔が滲んで見えて、マズイと思った。空を見上げて意識を逸らす。王子様は何もかも不意打ちすぎる。そして真っ直ぐだ。 「菜央先生? 大丈夫ですか?」 大丈夫なわけ、ない。 でも一呼吸置いて、落ち着いてから首を縦に振った。 香りが移るほど、近くにいたんだ。藤崎くんの匂いを忘れたと思っていたけど、今もここで香る私のコロンの匂いだったとは… 「ごめんなさい、菜央先生。差し出がましいとは思いますが…、仲直りできませんか? 最近の藤崎さん、元気がないので…」 私が言わないせいで、王子様は思い違いをしたままだ。 王子様、違いますよ。 私が原因ではないんです。 私じゃ、ダメなんです。 私は王子様に曖昧に微笑む。 「……そうだね」 肯定とも否定ともいえない返事をした。 「じゃあ、僕はそろそろ行きますね。お引き止めしてすみません」 「いえいえ、こちらこそ」 「今度は通学路で声をおかけしてもいいですか?」 「はい」 たぶん私、その日から特別待遇されると思う。 「部屋は東病棟の502でした。そっちにエレベーターがありますよ」 と、エレベーターの場所まで丁寧に教えてくれたので、当然、昨晩来たので知ってはいたけど、 「ありがとう」 とお礼を言って別れた。 院内に入って目の前に飛び込んできた掛け時計を確認する。 理事長との約束まで、あと15分ある。 おそらく、藤崎くんと話せるのはこれが最後になるだろう。 もう迷うことも、躊躇うこともなく私はエレベーターホールに足を向けた。
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