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* 6 *
新規の客先へ納品に行った帰り。たまたま娘の通学路を通った。すると、中学の帰路へ着く笑美を見つけた。彼女は友人と談笑していた。
信号待ち。窓を開けて待ってみる。笑美は気付くだろうか?
彼女が近づいてくるにつれ、段々と会話の内容も聞こえてくる。
友人Aが棘のある口調で言う。
「でさあ、うちのおとん、マジウザくてさあ…」
どうやら話題は父親の愚痴らしい。窓を閉じたくなる。しかし、気付かれてないうちにこっそり立ち聞きして対策を打つのが賢明に思え、私は耳を澄ました。
笑美は言う。
「そんなのまだマシだよ」
そして続いた言葉に、私は耳を疑った。
「うちのお父さん、もうこの世にいないんだから」
あれ?俺、死んでるの?え?いつ死んだの?
開いた口が塞がらず、豆鉄砲を食らった鳩よろしく呆けていると、いつの間にか信号が変わっていたようで、後続車にクラクションを鳴らされた。
必然、私は目立ち、笑美がこちらを見る。
不意に目が合う。
慌てて私は目を逸らし、アクセルを踏んだ。
その日の晩、――残業から帰ってきた私を待っていたのだろう――いつもは自室にいる笑美が、珍しくリビングにいた。
彼女は「おかえり」もなく、開口一番、こう言った。
「そういうことになってるから、よろしく」
有無を言わせぬ断定的な言葉に、私は「ああ、……はい」と言わざるを得なかった。
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