1.恋に落ちる瞬間

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 男の背中が見えなくなっても、僕はその名残を求めまだ見詰めた。  だってまだ、あの悲しそうな目が脳裏に焼き付いて離れない。 (もう…いない……)  声を掛けたい衝動に駆られ、後を追いたくもなったが、身体は動かず、声は一言も出る事なく終わった。 「あんな人…いるんだ……」  ようやく出た一言はそんな言葉で、僕は未だに鳴り止まない心音を自身の右手でギュッと抑え、“落ち着け”と自分の心に言っては落ち着きを取り戻そうとする。  でも、まだ落ち着く事はない。 「僕…どうしたんだろう……」  一人の男を見てこんなにも心臓が速くなるなんて思いもしなかった。  喘息持ちの僕には少し息苦しい速さではある。  でも、辛くはない。  ただ、切ないだけ。  ただ、切ないだけだった。
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