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男は携帯を握り締めたまま、僕の方向に向かって歩き出す。
僕は声も出ないまま、その場に立ち、男を目で追う。
「っ……」
すれ違う瞬間、男の顔が近く見えた。
そして、その今までに見た事がない整った顔にドキッと心音が大きく鳴り、動悸が激しくなった。
けれど、男の顔は未だに悲しそうで、僕の事など視界に入っていないようだった。
目も合わず、ただ横を通り過ぎるだけで終わったのに、その残り香が鼻に残る。
汗と泥の匂い。
それは、勇も同じ匂いをさせていたはずだ。
でも、こんな風に胸が熱くなる事は今までに一度もない。
選手独特の匂い。
でも、勇の匂いとどこか違う。
どうしてこんなにも心に引っ掛かるのだろうか。
僕は後ろを振り返り、その男の背を黙って見詰める。
胸が苦しい。
でも、目が離せない。
そんなよく分からない感情が渦巻いた。
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