1.恋に落ちる瞬間

10/15
402人が本棚に入れています
本棚に追加
/196ページ
 男は携帯を握り締めたまま、僕の方向に向かって歩き出す。  僕は声も出ないまま、その場に立ち、男を目で追う。 「っ……」  すれ違う瞬間、男の顔が近く見えた。  そして、その今までに見た事がない整った顔にドキッと心音が大きく鳴り、動悸が激しくなった。  けれど、男の顔は未だに悲しそうで、僕の事など視界に入っていないようだった。  目も合わず、ただ横を通り過ぎるだけで終わったのに、その残り香が鼻に残る。  汗と泥の匂い。  それは、勇も同じ匂いをさせていたはずだ。  でも、こんな風に胸が熱くなる事は今までに一度もない。  選手独特の匂い。  でも、勇の匂いとどこか違う。  どうしてこんなにも心に引っ掛かるのだろうか。  僕は後ろを振り返り、その男の背を黙って見詰める。  胸が苦しい。  でも、目が離せない。  そんなよく分からない感情が渦巻いた。
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!