第1章

3/7
144人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
謎の仕事。 外国だったら、CIAとかの秘密情報組織の一員かと思うに違いない。まあ、それもちょっと映画の見すぎかもしれないけど。 でも、日本にはそんな組織はない、と思う。人に隠すような仕事って、やっぱりちょっと怪しいとか、恐い団体しか考えられない。 もし本当にそんなところに属していて、その父さんが「この方」なんて言っているこのお金持ち風の紳士は、やはり、組織の親玉、っていうイメージが浮かんで頭から離れなかった。 混乱しているあたしをよそに父さんは続けた。 「おまえの全てを委ねなさい。あとはこの方が全部面倒をみてくださる。菜月は何も心配しなくていいんだよ」 父さんは、もう安心だ、という笑顔を見せた。この顔は、小さいときに、転んだあたしを抱き上げて、怪我がないことを確認したときの顔だ。 でも、あたしはそんな父さんとは対照的に慌てふためいた。 病気かその薬のせいで父さん、おかしくなったに違いない。 「嫁ぐって、何?あたしまだ、15歳だよ!」 必死に言うあたしに、父さんはうれしそうに目を細めた。 「来月16歳になるだろう?そうすれば、おまえも晴れて結婚できる年齢だ」 「そういう問題じゃないでしょ!結婚って、もっと、こう……」 紳士風の親玉の視線を感じて、言葉に詰まった。恐くて顔をあげることができず、その手元に目がいった。左手の薬指にはしっかりと、ごつくて高価そうな結婚指輪らしきものが輝いている。 つまり、こういう人の場合、嫁ぐっていうのは、要するに、愛人になるってことなのか・・・。 あたしは目の前が真っ暗になった気がして足元がふらついた。 そのとき、親玉はふっと時計を見て、言った。 「おっと、こんな時間か。このあと用事があってな。井上、詳しい説明をちゃんとしておいてくれよ」 ほがらかな口調で父さんに言うと、親玉はあたしの方に顔を向けた。 「また今度な、菜月さん」と言ったそのやさしい笑顔は、あたしの偏見によって 大きく歪んで見えてしまった。 あたしは恐怖で固まり、顔を向けることができなかった。 父さんは終始恐縮しながら、ベッドに座ったまま部屋を出る親玉を見送っていた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!