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「ちょっと、父さん!どういうこと?」
ドアがしまると、あたしは父さんに食ってかかった。
「あの人は何者?父さん、弱みでも握られているの?」
悪い人には見えなかったけど、そういう人のほうが本当の悪なのかもしれない。そんな人の愛人になるなんて、人生終わったも同じだ。
あたしはもう、冷静さを失い父さんが病人であることなど忘れる勢いでにらみつけた。
「このままでは菜月は危険なんだよ。あの方のところに行けば安全だ。このまま逃げてばかりもいられないからね……」
「逃げるって……、父さん、何か悪いことでもしたの?危険って何が?」
まさか、あたしの知らないうちに借金でも作って、逃げ回っていたのだろうか。父さんが病気となりお金を返せないから、今度はあたしに危険がせまっていて、逃げ回るくらいなら、借金のカタに娘をよこせとでも、あの親玉は言いに来たのだろうか。
いろいろな妄想が頭をかけめぐり、戸惑っているあたしに、父さんは口を開きかけたが、次の瞬間大きくむせて、話しをすることができなくなってしまった。
今日はいつもより長めに起きあがっていた。あたしが病室にくるずっと前から二人は話をしていたらしかった。
あたしは仕方なく、その日父さんから詳しい話を聞くことを諦めた。
「もう、いいよ。無理しないで。明日また説明してよね。今日はもう休んで」
横にしてあげると、「すまないな」と父さんはガラガラ声でつぶやき、あたしの目をしっかりと見つめた。
「……菜月、幸せになるんだよ……」
そうつぶやくと、安心したように微笑んで目を閉じた。
ところが、その日から父さんの容態が急変した。話を聞くどころではなくなり、病状は明らかに悪化しはじめた。そして、それから一月後、父さんは、あっけなくこの世を去ってしまったのだ。
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