第1章

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あまりにも、急だった。 あたしは父さんを失った悲しみにくれ呆然としながらも、いろんな雑事に追われた。食事もろくに喉を通っていなかったため、お葬式当日は貧血で倒れてしまったが、近所の人たちが手伝ってくれたおかげでなんとか乗り切ることができた。 そしてそんな忙しい数日が終わると、父さんと過ごした日々を思い返し、あれもしてあげれば良かった、これもしてあげれば良かったとたくさんの後悔が浮かび、涙に明け暮れていた。 それでも、一人で前向きに生きていこうと、落ち着きを取り戻しつつあったある日、制服の上着のポケットに紙切れが入っていることに気がついた。 その日は、ひさしぶりに学校に行った日だった。 高校に入学して、新しくできたばかりの友達が、父さんが亡くなったことを気遣ってみんな優しくしてくれた1日だった。友達ってありがたいな、ってつくづく思って家に着き、着替えようとして、その紙切れに気がついた。 何の気なしに開いてみると、そこには数行の文章が書かれていた。 『約束どおり迎えに行く。明日24時、照明を消し自宅で待つように』 最初はなんのことかわからなかった。 この文章の他にも、細かい指示が書かれていた。 学校や近所の誰にも知らせてはいけない、とか、生活に必要なものは全てそろえているから荷物は必要最小限にすること、とか、訳のわからないことが書かれていた。 きっと何かの間違いだ。誤ってあたしのポケットに紛れ込んだに違いないと思ったけど、よく見ると、折りたたんだ紙の表面にはあたしの名前『井上菜月様』と確かに書かれてあった。 そこで、急に思いだした。今までバタバタしていて、すっかり忘れていた父さんのたわごと。 見舞い客の紳士風親玉! あたしは、恐怖でその場にへたり込んでしまった。 本当だったんだ。父さんの言った「あとはこの方が全部面倒をみてくださる」という言葉。そのために、親玉があたしを迎えにくるんだ! あたしは背筋が寒くなるのを感じて縮こまった。
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