冬、夏。

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   03 味のしない生活  秋月が生きていた頃は、よく隣通しで夕食なんかを食べた。  大学の学食で平日は食べることが多かったが、休日になると、彼女の友人もさそって秋月の部屋で彼女の手料理を食べることがあった。  予想以上、といっては何だったが、秋月の死は、オレに大きなダメージを与えた。それは文字通り大ダメージで、精神的に胸が痛む、ことと、食欲を奪って体力を削っていったことだ。けれど、秋月がいなくなっても、生活は続く。自分でも、驚くほどに塞ぎこんでいたと思う。アウトローなんて気取っていても、所詮了見のせまい人間にすぎなかったのだ。  秋月がいない生活をして、それからはじめたことは、秋月の絵を描くことだった。はっきり言って気味が悪い。死んでしまった彼女でもない女子の絵を描くなんて。けれど、どう思われてもそうしないといけなかった。それは描く作業ではなく、思いを整理する行為だったのだから。下絵作業を終えたオレは、大学の自分の作業スペースへと絵を持っていった。正直、他人に見られると気分の良いものではなかったが、こそこそと描き続けることに病んでいたことと、油絵はマンションでは描けなかったことがあった。秋月の絵は、作業スペースにあったが、描いていない時は布で絵を伏せていた。肖像画というほどはっきりした絵ではなかったが、あまりに思い込みが強すぎて、直視できないというのと、普段肖像を描かないオレが、一点だけ女性の絵を置いておくことに抵抗があったからだった。  秋月と特に仲の良かった向坂仁美(さきさか ひとみ)は、秋月と同じく、中学時代からの同級生だった。向坂はマンションは違うが、同じ大学で、あれ以来、たまにオレの作業スペースに様子を見にくる。彼女も一見冷たいように見える容姿をしているが、相当なおせっかいなのだろう、そんな黒髪ストレートの美人におせっかいされて悪い気分ではなかったが、たまに吐きそうなくらい、向坂を見ていると秋月を思い出してしまって、やがて、向坂はオレのところにくることを止めた。
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