第二章

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 後は懸垂の要領で上体を持ち上げるだけだ。  僕の筋肉が唸るぜ。  これでも中学時代、僕は野球部に所属していたのだ。  そう、冬場の基礎トレーニングで懸垂は経験済みなのだった。  三年間、ひたすらベンチを温めていた日々を思い返す。  思い返したら少し泣けた。  だけども今の僕に泣いている暇などない。 「フンがッ!」  顔を歪ませ、腕の筋肉を酷使する。  ああ、乳酸が溜まっていく……。  プルプル震えながらも、上半身をどうにか手すりの位置より上に持ってくることに成功した。  手すりを跨いでベランダの中へ侵入する。  とうとう僕は下着のテリトリーに足を踏み入れた。  息を潜めて部屋の方を見る。  カーテンが締まっているため中の様子はうかがえないが、住人が気付いた様子はまだない。  手早く済まして退散しよう。  いよいよ僕の手にこの黒いブラジャーとパンツを収める時がきた。  やり遂げたのだという感動に打ち震えそうになりながらブラジャーを挟んでいる洗濯バサミに手を伸ばす。  思えば、何かをきちんとやり遂げたのはこれが初めてかもしれない。  そう考えるとこれは僕にとって大いなる一歩ではないだろうか。  僕は変わるのだ。  ここから僕の新しい人生が始まる。僕の人生は……。 「あなた、何やっているの?」  サッシが開かれ、背後から女性の声が聞こえた。
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