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私の父は、ある点を除けば、どこにでもいるような父親だった。
そのある点というのは、右手の人差し指が短いことだ。
第二関節から上の部分がなく、親指よりも短く丸いその人差し指は、他の指と一緒に動かしても、同じ動きが出来ない。
指を曲げたり伸ばしたりの動作をする時に、他の指は綺麗に曲がったり伸びたりするのに対し、人差し指だけはピコピコと動くのだ。
その動きが何故か面白く、大人になった今でも思い出すだけで、自然に笑みが零れる。
小さい頃に父と並んで歩く時は、いつも短い人差し指を握っていた。
私にとって父の人差し指は、握っているだけで安心できる魔法の指だった。
「ほら、手を握って」
「はーい」
「あっ、指……うん、良いか」
いきなり指を捕まれて、あたふたしているのを知りつつも、私は意地悪な笑みを浮かべていた。
父は、繋いでいる手――指を掴まれているだけだが――とは反対の手で、頬を掻いて笑っていた。
周りの子供たちは、指がないことを不思議に思って見ていたが、私にとっては人差し指がない方が父らしくて良いと思っていた。
そして、おしゃべり好きな母と違って寡黙だった父は、自分の気持ちを行動で示す人だった。
友達と喧嘩をして――今思うと、下らない理由だった気がする――泣きながら帰ってきた私を、訳も聞かずに頭を撫でてくれたこともあった。
たったそれだけだが、何故か「友達に謝ろう」という気にさせてくれるのだった。
そして、母が次々と愚痴を並べている時も、私が何かしら不満を述べている時も、いつも眉をハの字にし、困ったような顔をして笑っていた。
怒ったところなんか、見たことがないのではないかと思うほどだった。
人差し指がない理由を聞いた時も、仕事で機械を操作している際に、人差し指が巻き込まれてしまったからだと、いつものように眉をハの字にしながら言っていたことが、とても印象的であった。
口下手だったこともあり、自分でも気の効いた言葉を掛けてやれないことを分かっていたのだろう。
そういう訳で、いつも家の中では母や私のような気の強い女性たちに、大人しく尻に敷かれていた。
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