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そのくせ「お父ちゃん」と呼ばれると、嬉しそうな顔をして振り向いていたものだ。
その顔が見たくて、特に用事もないのに呼んだこともあった。
「お父ちゃん」
「何だ?」
「ううん、呼んだだけ」
そう言う度にも、困ったような顔をして笑っていた。
それを見ながら、私も時々父の真似をしてみたりした。口数はあまり多くなかったが、それでも話しているだけで気が楽になれた。
そして、私が大学生になって、1人暮らしを始めてから来た家からの手紙には、母の「ちゃんと食べているか」「周りと仲良くやれているか」といった文が、長々と書かれていた。
その文を読み進めていると、最後の方に父の少し崩れた字で「元気でやれ」と書かれてあった。
母の整然とした字とは違って、やや雑な印象を受ける父の字は、どこか不思議な温かみが篭っていた。見るだけでほわっとした気分にさせるような字を書く人は、私の知る限りでは父しかいなかった。
それから、私は家族から――特に父から――の手紙を毎月楽しみにしていた。
長い休みに入り、久々に帰省した時も、母の弾丸トークに混じって「お帰り」と、いつもの表情で言ってくれていた。
そういう日の夜は、父の酌をしてあげるのが私の日課であった。
「お父ちゃん」
「何だ?」
「呼んでみただけ」
そう言うと、いつものように笑うものだから、こちらも自然に笑みが零れた。
そして、流石に呼んだだけでは可哀想だと思い、何かを話すことにした。
「お父ちゃん」
「何だ?」
「…お酒、おいしい?」
「……ん」
嬉しい時も、父はいつものように笑っていた。
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