無口なサンタとシャンパンを

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 クリスマスの一週間前。  古藤亜貴(ことうあき)は行き付けのスタンディングバーで、交際三ヶ月の恋人に別れを告げられた。 『やっぱ俺、女の体の方が好きだわ』  まるでテレビのチャンネルをリモコンで切り替えるようにそれはアッサリとしたものだった。 『ごめんな?』  次の日。  同じ学部の可愛い女と寄り添い歩く元恋人の姿を見つけた亜貴は、改めて突きつけられた現実に落ち込みはしたが、素直に受け入れた。  思い悩む必要もない、見たままの現実。  自分が不幸だとは思わない。寧ろラッキーだった。ゲイゆえに一生独り身だと思っていた自分が生まれて初めてダメもとで告白し、思いがけず三ヶ月も付き合って貰えた。沢山デートもしてくれたし、セックスだって痛かったのは初めだけで、慣れれば優しくしてくれたし、そう、彼は『素敵な恋人』だった。  根本的な世界が違った。それだけ。  それに恋愛なんていつか終わるものだし、その度に傷ついてはいられない。  ただちょっと残念な事は、お気に入りのあの店には当分いけない、という事だ。  恋人が去った後、独り残された亜貴は不覚にもカウンターで大号泣、マスターとゲイ仲間の佐波さん達に延々慰められた、所までは覚えている。その後の記憶は殆どなく、目覚めた時には自室のベッドの中だった。翌日、佐波さんから連絡を貰い謝罪の言葉を伝えたけれども、店まで出向く事は先延ばしにしてしまっている。自分の痴態を思い出しては両手で顔を覆いたくなる。あれはそうだ、酒のせいだ、それしかない。  ともあれ世間はクリスマスシーズンで大賑わい、バイト先も例に漏れず繁忙期。空けていた二十四日もシフトに入ると申し出れば店長から拝まれ、特別手当も出るという。貧乏学生の亜貴にとっては有難い事この上ない。クリスマスなどと外国行事に皆が浮かれ散財している間に、自分は稼いでその先の冬を満喫してやる。  だがそんな気合いも二十四日当日、バイト先のコンビニへ出勤して直ぐに萎えた。  店頭に設置された簡易テントの下に準備されたテーブルと、その上に山と詰まれたホールケーキの箱、箱、箱。  息も凍りつきそうなこの真冬の夜に午前零時までひとり店頭販売を言い渡され、亜貴は唇を閉じたまま店長の後姿を睨みつけた。
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