第1章

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もうすぐフロアに着く。 そう思い、一瞬気が緩んだ瞬間。 「…………今度、展示会開くんだってな?」 背後から聞こえた低い声に、思わず体が硬直してしまった。 うわ。 喋りかけられたし。 この五年、ほぼ挨拶しか交わしていない俺たちが会話をするなんて。 そんな事を頭の片隅で考えながら、俺はゆっくりと後ろを振り返る。 「はい。おかげ様で」 自分の口から出た言葉に、内心ヒヤヒヤしてしまった。 やば。 声、超不機嫌になっちまった。 須藤さんはその整った顔をひとつも崩すことなく、十センチ以上うえから俺をじっくりと見下ろしている。 その迫力ったら、あなた。 ビビってないもん。 ちょっと、子鹿みたいに震えそうなだけ。 「おめでとう」 口の端を持ち上げ、男の色気をプンプン撒き散らしながらお褒めの言葉をいただく。 野生的なその顔立ちも、少し緩まれば女なら骨抜きになってしまうほど、 色気たっぷりな王子様のように変化してしまうものだから、これはもう再び悪態をつくしかないでしょ。 どんだけフェロモン溢れさせてんだよ。 こっちは男だっつの、窒息死したらどーしてくれる? 「ありがとうございます」 にこりと笑顔を浮かべると、俺は再びパネルへ向き直った。 イケメン、撲滅。 そんな呪いを心の中でかけていると、またハスキーボイスが後ろから響いて来る。 「俺も是非見に行かせてもらうよ」 ………………。 「わざわざありがとうございます。お時間があれば是非」 来んじゃねーよ、バカヤロウ。
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