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控え室としてあてがわれた閑散としたその場所に五脚の椅子と長テーブル。申しわけていどのお菓子がカゴに盛られて、そのかたわらには湯気を立てるココア。それに手を伸ばしていた彼女が座っているただのパイプ椅子がオーダーメイドされたもののように見える。その場にいる彼女以外の人間は色あせて見え、彼女だけは鮮明で周囲では花びらめいたものが舞っているように思えた。オーラと呼ばれるものの存在を悟る。
目が合った。
真っ黒で大きな瞳がわたしを見ている。そしてわたしもまた彼女を見ている。
これほどの近くで彼女を見るのは初めてだった。彼女のライブではとてもじゃないがここまで接近できない。
髪の色はその名のとおりのココア色で、肩の辺りまであった。
うるおいに満ちたくちびるがとまどいを示す楕円のかたちをとる。
ふと、わたしは背後から両方の腕をつかまれた。くっ、見とれている場合じゃなかった!
「こんなこというのはホントにおこがましいとは思うんですけど、小相木ここあさん! ぜひ、わたしたちのステージを見に来てはくれませんか!?」
実行委員の制止を振り切ってたどり着いた控え室のなかでわたしは叫ぶ。あっけにとられるここさんの顔にほのかな笑みが浮かびかけ、わたしの目に見えたのはそこまでだった。女子の実行委員ふたりはわたしの両腕を取ったまま、なかば引きずるようにして控え室から連れ出したのだ。
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