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うなずいたここさんはマイクの前へ立つ。
わたしはシールドをつないで、ピックをつまみなおす。左前方にここさんをすえる位置に立つ。
今回のわたしはあくまで彼女を装飾する装置でしかない。
「ギタリストの急病というアクシデントに見舞われましたが聴いてください――『phoenix』」
演奏がはじまる。
エフェクトはディストーション。わたしたちの楽曲では使わないからとっても新鮮に感じた。
夢みるアリスは戸惑いながらもその歪みに触れる。アリスは魅せられてやがて自身が歪みとなる。すでに髪の色は闇よりなお黒く、その衣服もエプロンドレスではなく和装だ。暗色の着物に真っ赤な帯をしている。うつむいていた顔をあげて、口が三日月のかたちをとる。その端が耳まで届かんばかりに笑みを強め、八重歯を覗かせてから今度は口を大きくひらく。
アリスは背筋を反らせて絶唱した。
会場に響くギターリフは聴く者にそんな印象を与えることだろう。
ともに鳴る、熟練のパティシエがグラム単位の誤差もなくクッキー生地をしぼり出すみたいに正確無比なドラムス。ケーキのクリームをならす動作のようによどみのないベースライン。カットインするギターはこの演奏を華々しくデコレートするみたいだった。
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