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理科室に移動して、後藤さん自ら淹れたコーヒーがビーカーに注がれる。小相木さんのほうへ押しやる。
「ほれ」
「……あ、え? ……ありがとう」
おれたちはすこし離れた座席にならんで座ってようすをうかがっている。
「で、なんだ、お礼? なんのことだ。礼を言われるようなことをした覚えはない。あんた、昨日はいなかったから『後藤塔子の歌声に感銘を受けてボーカリストとしてさらなる高みに近づけました!』なんてことはないだろうし」
はい出た、後藤さんの天狗のふりである。聞いててすがすがしい。
「そうだね、ご教授たまわるのもよいかもね。でもそれはまたの機会にして、今回はあの娘の緊張を解いてくれてありがとうって言いにきたんだ」
「む?」
後藤さんは本気で首をかしげている。……これもまた『ふり』なんだろうなとおれたちは思う。
「あのままステージに上がっていたらあの娘はきっと失敗して、あたし自身、ちょっとイジワルしちゃったかなって反省するところだった。あの娘にとってもいい思い出とはいかなかったかもしれない。きみがあえて怒らせたから、あの娘は緊張を味方につけられたんだ。それにしてもいきなりステージにあげるなんてちょっと軽率だったかな。あの娘は恵まれていて、少しだけ嫉妬するあたしもいたんだろうね、情けないことにさ」
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