2話『女王と不動産屋の契約』12月19日日記

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 この大きな革張りの社長椅子は、今年の春に、前田社長が「そろそろあいちゃんも重役待遇にしてやろう」と、買ってくれた。  アタシとしては、椅子は何でもいいから、時給を上げてほしい。  前田不動産は前田社長(40歳、男性)と、外回り営業の北上さん(52歳、男性)とバイトのアタシでまわしている。  アタシは去年から放課後、ここで働いている。  アタシの業務内容としては、主に「不動産資料のファイリング」。  新たに空く物件の写真撮影をしたり、その物件の周辺地図をファイルにまとめていくのが仕事だ。  このバイトを始めたおかげで、アタシは写真部でもないのに一眼レフカメラの使い方を覚えた。  覚えただけでなく、この町を囲むようにそびえる山脈の写真を夏に撮って、県の写真コンテストに応募したら、優秀賞をもらった。  アタシは子供の頃から賞に縁遠い人生だったので、それはけっこう嬉しかった。ママに自慢した。 「あいちゃんよ」と、お腹が妊婦さんみたいに膨らんでる前田社長が、アタシの机に大きな尻を乗せて、コーヒーをすする。 「商店街のさ、潰れた居酒屋。どうなってる?」 「資料、作ってるところです」と、アタシは自分の机の上の本立てから、ピンクのファイルを抜いて、掲げてみせる。
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