第1章

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「山井くん、榊先生の部屋に呼ばれてるみたいじゃない」いつもの白衣姿の渡辺さんがおれが食べ終えた朝食のトレーを持ったまま言った。渡辺さんの口調はいつの間にかくだけたものになっている。 「ああ、はい。八時半に」朝のニュースをやっているテレビの右上には「8:08」の表示。 「八時半っていったら本当は診察時間外なんだから、感謝しなさいよ」 「あ、そうなんですか」 「診察は九時からだからね。榊先生あんな暗そうに見えて面倒見いいからさ。結構、病気以外のことまで患者さんのこと心配してあげたりしてるらしいのよね」 「はあ。おれ、高校の後輩なんで、それでですかね」ベッドの上で上半身だけを起こしているおれはすっとぼける。実は誰にも言えない病気で、今この瞬間も渡辺さんの白衣の下を想像してムラムラしてる、なんて言えるはずもない。 「榊先生、なぜか女っ気ないのよね。医者で東京の一流大学出て、ってスペックは完璧なんだけど。親が医者じゃないのが玉に瑕って言う子もいるっちゃいるけどね。研究室に呼んでるのは男ばっかりらしいし、女の患者さんだと診察終わるの早いのよね。もしかして男の方が好きだったり、なんて。山井くんも気をつけなさいよ」渡辺さんが卑猥に笑う。 「そんなに気になるなら渡辺さんが直接訊いてみたらいいじゃないですか」おれも笑いながら返す。こんな軽口が自然に出てくるのは、昨日童貞を捨てられたせいだろうか。 「別に興味ないもの、私。榊先生、頭もいいしいい人なんだろうけどなんかちょっと暗くて、女の子と付き合ったこととかなさそうじゃない? それに私、彼氏いるし」  最後の言葉を最初に言えばいいのに。そう思いながら「はあ」と気のない返事をした。渡辺さんの榊先生評は、多分学校の女の子たちのおれ評とほとんど同じだろう。急に親近感が湧いてくる。 「無駄話しちゃった。ごめんごめん。診察終わったら退院の準備もしといてね。それじゃ」食器の載ったトレーを持って渡辺さんが部屋を出て行く。彼氏とやりまくってるんだろうなあ。そんなことを考えながら、白衣に包まれた渡辺さんの背中からお尻のラインを眺めた。  ノックをするとすぐに返事が来た。 「どうぞ」
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