第1章

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「失礼します」ドアノブを回してドアを開け、部屋の中に入る。両脇の本棚に挟まれた、細長い部屋だった。部屋の奥、窓の下に机があり、そこで榊先生はノートパソコンを覗きこんだままこちらに背を向けている。 「どうぞ座ってて」パソコンに向かったままの榊先生が言う。 「はい」置いてあったパイプ椅子に腰を下ろし、本棚を眺めた。医学書なのだろう大量の洋書に、心理学や社会心理学の本もある。『少子化対策の政治学』『草食系男子が日本を滅ぼす』なんて、どう考えても専門外だろう本も目に付いた。知識欲も旺盛な、本当に優秀な人なのだろう。 「よし」そうつぶやぎ、榊先生が椅子を回転させてこちらを向いた。あまり寝ていないのだろう、目の下にははっきりとクマができていた。 「悪いね、待たせて」 「いえ」  榊先生がパソコンの脇に置いてあった大学ノートを手に取って広げる。その中を覗き込みながら言った。 「改めて調べてみたけど、やっぱりはっきりしたことはわかっていないようだね。症例が少なすぎて、インターネットでさえもまったく事例が見当たらない」 「……そうですか」ネットさえも頼りにならないということがショックだった。世界から、見放されたような気がした。 「できるだけ早く相手を見つけるしかないね。昨日も言ったけど、MRIやCTを見る限りすぐどうこうということは絶対にないから安心していい」  実は相手、見つかりました。  とはさすがに言えなかった。こんなに親身になってくれている榊先生に失礼な気がした。この人は多分、もてない自分をおれに投影しているに違いないと思う。だからこそこれほどまでに親切なのだろう。香奈と、幼馴染の美少女とエッチをしたということは、榊先生を裏切ることのように思えた。 「念のため、二週間後にもう一度、検査入院してもらおうと思う。そうだね、来月の六日七日でどうかな? 金曜と土曜」そう言う榊先生の目線の先には、壁にかけられた薬品メーカーのカレンダーがあった。  今は五月。おれは右上に小さく載った六月のカレンダーを見る。週末をつぶすのはシャクだが、そんなことを言っている場合でもない。 「わかりました」おれは頷いた。 「あ、そうだ、君の連絡先を聞いておきたいんだけど。君にしか伝えられないこともあるかもしれないから」
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