第1章

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「あ、はい」携帯電話は病室に置いてきていたので、暗記していた十一桁の数字をすぐに教えた。榊先生が机の上に置いてあった携帯電話を手に取り、ゆっくりとボタンを押していく。 「携帯は今、病室?」 「はい」 「私が今一度かけておくから、後で登録しておいて。君も何かあったら私に連絡してほしい」榊先生の手の中の携帯からコール音が聞こえた。 「よし。じゃあ、部屋に戻ったら登録よろしく」携帯のコール音が止まる。先生が携帯を机の上に置いた。  背後からノックの音がして、おれは思わず振り返った。 「はい」と榊先生が応える。 「山井くんのお母さまをお連れしました」渡辺さんの声だった。 「どうぞ。入ってもらって」  榊先生の返事の後、すぐにドアが開いた。  紺のカーディガン姿の母さんは、家の外で見るとより一層老けて見えた。硬かった表情が、おれの姿を見て少し柔らかくなる。 「それでは私はここで」ドアの隙間に渡辺さんの顔が一瞬だけ覗き、すぐにドアが閉まった。 「どうぞお母さん、お入りください」  榊先生に言われ、母さんがパイプ椅子に座るおれの後ろに立った。部屋の中を見渡すが他に椅子はない。 「すみません、椅子がなくて」榊先生が小さく頭を下げた。 「いえいえ、大丈夫です」椅子を譲ろうと立ち上がりかけたが「病人は座ってなさい」と一蹴された。 「ではお母さんにも改めて説明しますが、今回向志くんが倒れたのは」  一瞬不安になった。ここで本当のことを言われたら、母さんに病気のことが知れたら。おれはどんな顔をしたらいいのだろうか。 「いわゆる貧血ですね。寝不足とか疲労とか、まあそういうものが重なったんでしょう。ゆっくり休めば心配ないと思います」榊先生は淡々と言った。 「すみません、本当に。こちらの管理が行き届かないばかりに先生にまでご迷惑おかけして」母さんが外向きの言葉を重ねながら何度も頭を下げた。 「いえ、あまり気にすることはないと思いますよ。向志くんは頭のいい子ですからね。たまには好きなだけ遊ばせるなり、自由にさせてあげればそれでいいと思います」榊先生がおれの目を見て一瞬だけニヤリとした。ガールハントに励みやすいようにしてあげようという、榊先生なりの配慮なのだろう。おれは頭を下げた。母さんには、今の礼の意味はまったく違うものに映ったことだろう。
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