第1章

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「それじゃまた」多田から持ってもらっていたデパートの紙袋を受け取り、助手席に乗り込んだ。シートベルトを締める。車が動き出した。窓の向こうで三人が手を振っている。恥ずかしかったが、おれも手を振り返した。  駐車場を出て三人の姿が見えなくなると、おれはデパートの紙袋の中から、西がくれたみやげを取り出した。赤い紐をほどき、袋の口を開く。  出てきたのは、クッキーだった。不揃いな形や少し目に付く焦げ跡から判断するに、手作りのクッキーだった。昨日の夜、テストが終わって家に帰った後、急いで作ってくれたのだろうか。手作りのお菓子を女の子からもらうなんて、人生初のことだった。十数個のうちの一つを、口に入れてみた。  甘かった。    虚脱感に全身を覆われながら、やわらかな髪を撫でるのは気持ちよかった。幸せだ、とさえ言ってもいい。エロ本やグラビアアイドルの写真集やアダルトDVDがいたるところに隠された自分の部屋で、おれが何度も何度もマスターベーションを繰り返したボロい木製のベッドの上で、女の子と、それも香奈と、愛し合う日が来るなんて一昨日までは想像もできなかった。 「ねえ、コウシ」おれの胸に頭を預けた、裸のままの香奈が言う。 「うん?」 「お母さんってさ、毎週土曜は夜までパートなんだっけ?」 「ああ」母さんは月水金土と、家から車で十五分ほどのスーパーで朝から晩までレジ打ちのパートをしている。今日はおれを退院させるために午前中だけ休んだが、おれを家に届け作ってあった昼食をレンジで暖めて食べるよう指示すると、そそくさと出勤していった。時給は七百二十円。この春から十円上がったらしい。 「じゃあさ、毎週土曜日、する? 週一回で、コウシ、病気は、大丈夫かな?」香奈の声に、不安げな響きを感じる。  どれくらいの頻度ですれば大丈夫なのか、榊先生は口にしていなかった。あの頭の良さそうな先生のことだ、わかっていれば言ったに違いない。ということは、わからないのだろう。毎週土曜に、飽きるほどやりまくればいい。もちろん死にたくなんかないし、それよりなにより、香奈を抱きたくて仕方なかった。やりたくて仕方なかった。土曜は夜から麻雀というのがお決まりだが、スタートを遅くしてもらえばいい。しばらくは、体調を理由に休むことだってできる。 「わかんないけど、それでたぶん、大丈夫。お願いしていいか?」
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