第1章

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 目の前に、眼鏡をかけた西恭子がいた。今朝、想像の中で抱いたばかりの彼女がいた。背の低い西の頭は、おれの首のあたりまでしかない。見下ろす視線が思わず、胸元へ行く。香奈のそれと違って、ブレザーの上からでも確かなふくらみが見て取れる。もっと勢いよく中に入っていたら、彼女とぶつかっていたかもしれない。抱き合うみたいなことになっていたかもしれない。唇が触れ合ったかもしれない。押し倒すみたいな形になって、彼女のおっぱいを揉んで握って勃起したおれの分身が彼女のスカートをたくし上げてなんてことになったかもしれない。ならなかったと言い切れるわけではない。 「お、おはよう」おれは言う。ぎこちない言葉だと、自分でもわかった。 「山井君、お、おはようございます」西は驚いたのか俯き加減で応える。背中までかかる長い髪が前に落ちて、彼女の顔を隠す。  西は人見知りで、引っ込み思案らしい。というか、そうだとしか思えない。この春同じクラスになってからもう二ヶ月近く経つというのに、西と満足に話せたことはない。単に、おれがいつもイヤラシイ目で見ているのに気付いていて、嫌がられているだけかもしれないが。 「ねえコウシ、何突っ立ってんのよ」背中から香奈の声。 「あ、わりい」おれは慌てて足を動かす。 「ごめん」西の横を通り抜けながら言った。何に対して謝っているのかは、自分でもよくわからなかった。  教室の奥、一番窓側の列の一番後ろの席。くじ引きで運よく掴み取った自分の席に座り、バッグを机の上に置いた。背もたれに体を委ねると、大きなあくびが出た。そのあくびに反応して、二つ前の席に座る多田が振り返って「聞こえてっぞ」と言って笑う。多田は麻雀仲間で、グラビアアイドル研究の同士でもある。おれはおっぱい派、多田は脚派で、永遠に理解しあえない関係ではあるが。  キンコンカンコーン。チャイムが鳴った。出そうになった涎を吸い込み、おれは教室の真ん中あたりに座る西恭子の背中を見る。黒い髪を見る。ブレザーの背中にブラ紐が浮き出ていないか探す。 「コウシ、テストは大丈夫そう?」おれの右隣の席に座った香奈が世界史の用語集を眺めながら言う。香奈の席も純粋にくじ引きで決まったものだから、幼馴染の縁というのはつくづく恐ろしい。 「一夜漬けしたからな。大丈夫だろ」途切れ途切れの声で答えた。まだ鼓動が早い。体力がないことを改めて痛感する。
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