第1章

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「だと思った。学年トップの天才様に一般人の不安はわかんないだろうなあ」香奈がため息を吐く。 「そんなんじゃねえよ。要領がいいだけ」それは向志の本心だった。数学オリンピックの金メダリストとか、十代で将棋のプロになる奴とか、天才とはそういう奴らのことを言うのだと思う。学校のテストを必要最小限の労力で無難にこなしているだけの自分が、彼らと違うことはわかっていた。  志に向かう、で向志。北海道に単身赴任中の父親が付けた名前とは異なり、志がまったくなく、あるのは持て余すほどの性欲だけで、ついでに要領が抜群によいというのがおれだった。  ガラガラとドアの開く音がして、担任の高野が教室の前から入ってきた。高野は柔道部顧問でプロレスラーのようながっちりした体をしているが、これでなかなか担当の数学教師としても優秀なのである。 「きりーつ」学級委員が声を張った。  椅子の足が床とこすれるギシギシガタガタという音が教室中に響く。立ち上がった西恭子のしわになったスカートを見る。あの布きれの向こうに、西恭子のお尻が、その前に性器が、ある。今朝、想像の中でおれの男根を散々抜き差しした性器がそこにある。  勃起しそうになり、慌てておれも立ち上がる。その瞬間、頭の中を猛烈な痛みが駆け抜けすべてが白く    目を覚ますと、見たことのない、白い天井があった。白い布団がかけられている。頭が、重い。だるい。体が。  一度目を瞑り、もう一度まぶたを開ける。同じ、白い天井。ゆっくりと右手を動かし、ベッドの上に横になったままかけられていた布団をめくる。左手から管が伸びていた。その先には、透明な液体の入った透明なビニール袋。これが点滴、というやつだろうか。  ゆっくりと上半身を起こした。自分が青いパジャマみたいなもの一枚しか着ていないことに気付いた。  部屋は狭い。蛍光灯はつけられていない。窓にはカーテン。明るさから判断すると、もうすぐ夕方といったところだろうか。小さなテレビ、小さな戸棚。首を動かし、枕元のあたりを見る。枕元に置かれた小さなテーブルに、小さなピンクのプラスチック製のボタンが置かれていた。壁に張り紙。「ナースコール」の文字。ああ、ここは病院なんだと改めて確信する。  押してみようか。  押してみた。  何も起こらない少しの時間の後、ドタバタとした足音がして扉が開いた。
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