第1章

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 入ってきたのは、マスクをした看護婦さんだった。 「あ、山井さん、起きたんですね。調子はどうですか? 自分が何でここにいるかわかります?」看護婦さんは点滴やおれの左手の肘の反対側に刺さった管を何かしら確かめながら訊く。声の調子から判断すると彼女はまだ若い。二十代? 「えーと、だるいというか、眠いというか。おれ、もしかして学校で倒れたんですかね?」おれの左腕に触れる看護婦さんの指が冷たい。ナース服の胸のところに「渡辺」のプレートを見つける。 「あ、そこまで覚えてるんなら大丈夫ですね。学校で倒れて救急車で運ばれてきたんですよ。ここはT大病院、私は担当看護士の渡辺です」T大病院は、高校から徒歩十分ほどのところにある、市内で最大の病院である。 「今検査中だからまだはっきりとはわかりませんけど、多分貧血だと思いますよ。勉強がんばり過ぎたんじゃないですか?」彼女が手を差し出した。そこにはカプセルが二つ。 「飲めますか? 持病とか、いつも飲んでる薬とかないですよね?」 「あ、はい」体が弱くて風邪ばかり引いていてアレルギー性鼻炎でしかも偏頭痛持ちのおれにとって、カプセル薬なんて朝飯前である。管の刺さっていない右手でカプセルを受け取り、そのまま口に入れて唾液で飲む。 「あ、すごいね。水持って来ようと思ったのに」 「いえ、大丈夫です。ちなみにこれ、何の薬ですか」 「落ち着かせてくれる薬と貧血用の薬。多分寝不足だったんでしょ。ちょっと寝てればすぐ元気になりますよ。お母様も一度来てくれたけど、いったん戻っただけですから。着替え持って夜にまた来るそうですよ」  彼女はそう言っておれに横になるよう促す。言われた通り枕に頭を預けた。看護婦さんが布団をかけてくれる。もしかしたら、この人がおれを着替えさせてくれたのだろうか。だとしたら、おれはこの人に裸を見られたのだろうか。 「トイレはそこ、この部屋の中にありますから。あと、おしっこする時は、検尿もしますのでこれにお願いしますね」彼女はそう言って枕元のテーブルに紙コップを置いた。  そう言われて急に尿意を覚えた。 「あ、じゃあ今行きます」おれは起き上がり、ベッドから下りる。 「大丈夫?」 「大丈夫です」  ベッドの下にあったスリッパを履く。裸足にゴムの冷たい感触が心地いい。 「点滴気をつけてね」
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