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点滴はキャスター付きの鉄の棒にぶら下がっていた。自分の左腕と管でつながったその棒を押しながら、ゆっくりとトイレへ向かう。看護婦さんが後ろからついてくる。扉を開けて点滴と一緒にトイレに入る。
「はい。じゃあ私は外にいますから。青い線のとこまででいいですよ」手渡された紙コップを受け取り、ドアが閉まる音を聞いてから、自由な右手で青い病院着のズボンを下げる。飛び散ろうとする尿を必死でコントロールして、紙コップの中に注ぐ。
事を終え、トイレから出ると看護婦さんが部屋の中に戻ってきた。
まっ黄色いおしっこの入った紙コップを渡す。
なんかもう、どうでもいいや。
裸を見られたとか、おしっこを見られるとか、そんなことが些細なことに思えてきた。
「え、と、ベッドに戻っていいですか」
「ええ、もちろん。ゆっくり休んでください」
久しぶりの放尿を済ませた安心感からか、ありえないほどの睡魔が襲ってきた。こんなにすぐ薬の効果が出るはずがない。単に、もとから、眠かったのだろう。
「何か聞きたいことあります?」点滴の位置を直しながら、再び横になったおれに看護婦さんが訊く。
色々あるはずだが、とりあえず首を振った。
「また何かあったらいつでもナースコールのボタン押してくださいね」
頷いた。ベッドに横になった状態で、頷いたことに彼女は気付いただろうか。
「それじゃまた来ますね」看護婦さんが部屋を出て行った。
そういえば今日はテストだったんだよなあ。遠い世界のことのようだと思いながら、おれはまた目を閉じた。
五月二十三日(金)
目覚めて目にしたのは、見覚えのある白い天井だった。昨日のように戸惑うことはなかった。自分が寝ていたのが一晩だけだったのかは確信がなかったけれど。
ためらわずナースコールのボタンを押す。やってきたのはまたもマスクをした渡辺さんだった。CかDか、まあまあ胸があるなあと、ナース服の上から見て計る。
「おはようございます」とおれ。
「おはようございます。お元気そうですね」渡辺さんが微笑んで続けた。
「食欲あります? ご飯食べられそうですか?」
「あ、はい」
「じゃあ持ってきますから。ちょっと待っててくださいね。あ、昨日の夜お母さんが来て、着替え置いていきましたよ」渡辺さんが部屋の隅に置いてあった紙袋を指差してから部屋を出て行く。
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