第2章

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「……持ってきたわよ。わたしだって」さきほどテーブルに置いた、自分のバッグを見ながら香奈は応えた。 「香奈」 「うん?」 「ありがとう」唇を塞ぎ、手を香奈の体に這わせた。ここがどこで今がいつで自分は何のために香奈を抱くのかとか何のために香奈が体を開いてくれるのかとかそんなすべてが意識の中から消える。外部のすべてを遮断して、おれは香奈とのエッチに没頭する。目の前に、香奈がいる。これからここで、おれは香奈を抱く。 六月七日(土) 「やあ。久しぶり」 「ご無沙汰してます」おれはそう言って先生の前の椅子に腰を下ろした。  翌日、残っていた検査を終え、ついに榊先生の診察である。呼ばれたのはまたしても、通常の診察室ではなく研究室の方だった。  やはり医者というのは激務なのだろう。髪は相変わらずボサボサで、目の下のくまは以前よりひどくなっていた。白衣のあちこちにシミや黄ばみを見つける。 「その後、調子はどう?」デスクのカルテと大学ノートに視線をやったまま榊先生が問う。 「特に、大丈夫そうです。偏頭痛も最近はありません。欲望は、相変わらずありますが」 「それはよかった。ところで、彼女はできた?」 「……あ、いえ」言い淀んでしまう。香奈とのことは、言えなかった。言わなかった。彼女がいないのは事実だ。香奈とは、エッチはしていても彼氏彼女という関係にはなっていない。 「アタックはしてる?」榊先生が白衣の上から自分の股をボリボリと掻く。 「……頑張ります」童貞ではなくなったけど、彼女いない暦=年齢という状態に終止符を打ったわけではない。そりゃ当然、彼女は欲しい。 「頑張りなさい」榊先生が微笑んでから続けた。 「申し訳ないが、君の病気に関する新しい情報は特にない。けど、今回の検査結果を見る限り、といっても全部の結果がもう出ているわけではないけど、特に問題はなさそうだ。あくまで現時点では、だけれど」 「はい」 「残りの検査結果もあるし、また来週来てもらうよ。今度は泊まりじゃないから。土曜の午前でどうかな。学校も休まず済む」 「わかりました。十四日の土曜日ですね」 「ああ。それじゃあまた来週。このまま会計して、退院してもらっていいから」 「はい。ありがとうございました」立ち上がり、小さく頭を下げた。
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