第2章

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「言うまでもないと思うけど、病気のせいで成績が落ちたとか、そういう話は聞きたくない。ま、心配ないとは思っているけどね、君の場合は。君たぶん、普段学校以外では全然勉強してないだろ」 「あ、は、まあ、そうかもしれません」麻雀とオナニーと、最近はセックスもある。意外と忙しいのである。 「だと思った。昔の自分を見ているようで恥ずかしくなるよ。いい意味でも悪い意味でも」榊先生が苦笑する。 「はあ」立って榊先生を見下ろしたまま、間の抜けた返事をする。 「努力するのは格好悪いことじゃないよ。勉強に対しても、女の子に対しても。大事なのは、自分から動くことだ。自分で決めることだ。私が偉そうに言えたことではないけれどね」そう言って先生は部屋の奥の窓の方を見た。喉仏のあたりに異様なほど長いヒゲを一本見つける。 「今日はどうも、ありがとうございました」部屋を出ようと、改めて挨拶を繰り返した。 「ああ、引き止めて悪かったね。ではまた来週」  部屋を出て、ドアをそっと閉めた。榊先生の高校時代はどんなものだったのだろうか。女っ気がなかったことは間違いないだろうな。おれは少しだけ頬を緩め、スリッパのパタパタという音を聞きながら廊下を歩き出した。   六月九日(月)  四時間目の終了とともにトイレへ駆け込んだおれは、ハンカチで濡れた手を拭きながら六組の教室へと向かう。学食か購買部に向かうのだろうすれ違う同級生たちが、そろいもそろっておれの顔を見ているような気がする。おれを避けるように、おれに道を譲るかのようにすれ違っていく気がする。彼らが、ヒソヒソと何かを話しているような気がする。勉強のし過ぎで倒れて学年トップの座から滑り落ちた哀れなガリ勉の顔が、まだそんなに珍しいのだろうか。もう一週間も前のことだというのに。人の噂も七十五日、か。いくらなんでも二ヵ月半はないと思うが、まだ先は長いのかもしれない。
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