第2章

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 一次考査の成績上位者一覧が貼られた五組の前の廊下を通り、おれは六組の教室へと入る。教室には弁当や惣菜パンのあたたかい匂いが漂っている。知らずに目が西の姿を探していたが、見当たらない。席に戻りバッグから財布と携帯電話を取り出しズボンのポケットに入れる。いつもは自作の弁当を広げている香奈の姿は隣にない。担任によれば、体調不良ということで今日は休むという。金曜日はあんなに元気そうだったのに。あんなに燃え上がってエッチしたのに。土日に行ったじいちゃんばあちゃんの所で悪い風邪でももらって来たのだろうか。  ちょうどよくやってきた多田に声をかける。「学食行こうぜ」 「その前に、ちょっといいか」多田は麻雀の時にも見せたことのないような真剣な顔をしていた。 「あ、ああ」気圧されたおれは黙って多田についていく。教室を出て廊下を歩き別棟への連絡通路を抜け、多田が入っていったのは家庭科室だった。蛍光灯が点いていない、北向きの薄暗く他に誰もいない部屋の奥へと多田は進んでいく。多田の背中を見続けて、おれは黙って後を歩く。 「なあ、どうしたんだ?」さすがに様子がおかしい。  振り向いた多田が、険しい顔で言う。「おい向志、お前、あの噂は聞いていないのか?」  噂? 「何だそれ?」 「聞いてないんだな?」 「ああ」おれが日常的に話すのは多田と香奈と最近は西、別のクラスでは堤と栗原くらいである。友人が少ないのは嫌というほど自覚していた。 「お前がセックスしないと死んじまう病気で、倒れたお前が、桜木のことを襲ったっていう噂だよ」  ………………………。  心臓が。  止まるかと。  思った。 「何だって?」救いを求めて、おれは訊く。 「お前が、桜木のことを犯そうとしたって噂になってる。お前が倒れたのは、セックスしないと死ぬ病気で、死にたくないお前は桜木に襲いかかった。桜木は幼馴染のお前のことをかばってそのことを黙っている。そういう噂が流れている」多田が話しているこの言葉は何だ? なぜおれはこんな言葉を聞かされている? 「お前はこの噂、知らなかったんだな?」 「……ああ」 「桜木の耳には入ってると思うか?」  わからない。わからないが、香奈は今日学校を休んだ。どこかで、噂を聞いてしまったのかもしれない。わからないが、その可能性は、ある。 「わからない」 「そうか。……で、本当なのか?」
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