第2章

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 多田に殴られた右の頬が、腹が、痛い。熱い。あばら骨の一本や二本、折れているんじゃないだろうか。長いこと横になったままでいた。徐々に、本当に少しずつ、呼吸が、鼓動が、収まっていく。やっとのことで上半身を起こす。顔に、何かがべったりと付いている。制服のポケットに入れていたハンカチを取り出し、拭いた。幸いにも、ハンカチは赤くは汚れなかった。  冷たい床に手をつき、どうにか立ち上がった。制服についた埃を手で払う。考えろ。考えろ。この頭は何のためにある。今使わなければいつ使うのだ。香奈を守るために。そして、自分自身を守るために。考えろ。  家庭科室を出て、誰もいない廊下を進む。歩くたびに腹の奥が痛んだ。たかが歩行の振動が、全身に響く。できるだけ人の少ないだろうルートを選んで、本棟一階の保健室に入った。中では保健の松井先生が購買のチキンカツ弁当を食べていた。食い物の臭いが、体の痛むおれには腹立たしくさえ感じられた。 「具合悪そうだけど、どうしたの?」松井先生は四十過ぎの太ったおばさんである。同じ白衣を着てはいても、渡辺さんとは雲泥の差だと思う。 「三年六組の山井です。ちょっと風邪っぽくて体調悪いんで帰らせてもらいます。高野先生にもそう伝えてもらえますか」声を発するたびにどこかの内臓がきしむ。 「休んでいかなくて大丈夫? 病院は? 一人で帰れる?」幸か不幸か、多田に散々殴られたことには気付かれなかった。多田が腹ばかりを狙ったのは、当然意図的なものだったろう。 「大丈夫です。家で休みます」  保健室を出て、バッグを残したままの教室には戻らず、そのまま玄関へと向かった。大丈夫でなくても、行かなければならなかった。  校門を出たところで携帯電話を取り出し、香奈にかけてみた。プルルルルという音が、耳元で延々と鳴り続けた。出ない。  メールを書く。「早退して、今学校を出た。これからそっちに行く。どうしても会ってほしい」  痛みからか不安からか恐怖からか。震える手で、やっとのことで送信ボタンを押した。 「今日は月曜だからコウシのお母さんパートだよね? うちにはママがいるから、私がコウシの家に行く。家に着いたら教えて」  バスに乗っている時に届いた香奈からのメールの指示通りに、おれは家の前まで来るとすぐにメールをした。「家着いた。待ってる」
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